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10秒のキス物語 思い出のクリスマスツリー
全亭協の会員へ、夫婦愛の最高の形として密かに語り継がれているショートストーリー。
この2人のような愛を持つ夫婦が日本全国、いや世界中にいれば家庭はもちろん、日本が変わる。
全亭協会員N氏が会長にだけそっと語ってくれた、感動の実話を心に留めておいてほしい。
例年より桜の開花が遅れていた。総合病院のエントランス脇にある数本の桜も5分咲きで、春の訪れを待ちわびている。
6時にロビーで待ち合わせていたが、高1になる長男から携帯に「少し遅れる」とメールが入った。高3の長女と中学2年の次男と一緒に一足先に妻の待つ病室に入ることにした。
乳ガンが全身に転移し、余命幾ばくもないと、みんなが知っている。モルヒネの効果だろうか、いつになく穏やかな顔だった。
先生が回診に来て、「どうですか、痛みはないですか」短い言葉に、妻は小さくうなずいた。
親の反対を押し切って結ばれた私たちは、社内恋愛だった。三人の子供にも恵まれ、それなりに幸せな毎日を送っていた。
今はもう、ベットに横たわる妻を見つめることしか、なす術がない。やがて先生は病室を去り、二人の看護師さんがテキパキと点滴を換えている。
長男が慌てて、病室に駆け込んできた。「ごめん、部活がおしちゃって」よほど慌てて来たのだろう。学ランの下からワイシャツがのぞいていた。
家族が全員揃ったのは久しぶりだ。子供たちの近況を聞いていた妻が、少しの微笑みと共に、私の方に目をやると、唐突に
「あなた、キスして」と言った。
二人の看護師さんと三人の子供たちには聞こえたのだろうか。一瞬ハッとしたが、ためらいもなく唇を重ねた。
生涯の中で、こんなに長いキスは初めてのような気がした。
薄目を開けて見れば、ひとすじの涙が頬を伝っている。そっと唇を離すと、嬉しそうに、だが、「短いのね」とスネてみせた。
看護師さんも子供達も見て見ぬふりをしていたような気がしたが、私は、「ふたりっきりの時にリクエストしてくれよ」と頭を掻いた。
精一杯の照れ隠しだったが、病室は静けさに覆われている。
やがて深い眠りが訪れたのを確かめて、病室を後にした。涙で、病院の長い廊下がユラユラと揺れていた。
それから丁度二週間後、妻は静かに息を引き取った。満開の桜の下で遺影を抱いた長女が、「あの時の母さん、とっても幸せそうだったね」とポツリ。
子供の前で交わしたキスからもう3年が経った。3人の子供達の心に深く刻み込まれたのだろう、短大を出た長女は、大学生と高校生になった弟達の面倒をよく見てくれている。
2人の息子達も明るく、真っ直ぐに育っている。
君の、最後のメッセージは、決していい夫ではなかった私の心にも、永遠に灯っている。
そして二度と交わすことが出来ない、君との「10秒のキス」を一生忘れないだろう。
このショートストーリーは全て実話。3年前に最愛の妻を亡くした全亭協の会員のN氏が天野にだけ語ってくれた「10秒のキス」物語。全亭協の会員へ夫婦愛の最高の形として密かに語り継がれている。もうすぐ満開の桜が咲く季節になる。この話を公にしたことを、N氏の奥様はきっと天国で微笑んでいるに違いない。 彼は私に全亭協の愛の三原則、「ありがとう」「ごめんなさい」「愛してる」を妻が元気なうちに、もっともっと言えば良かったと、はにかんだ。
もうすぐクリスマスがやってくる。11年前のその日を今でも鮮明に覚えている。
その年は、心労で倒れた愛妻が入院を余儀なくされた厳しい冬だった。
その頃、東京で雑誌の編集をしていた私は、仕事にかこつけて夜な夜な遊び回っていた。どんな男でも一生に一度はモテる時期というのがあるのだろう。
ご多分に漏れず、その数年前から我が家でクリスマスを迎えることもなくなっていた。
一本の電話は病院からだった。
救急車で運び込まれたその日はクリスマス。
慌てて駆けつけた病院には、妻が点滴を受けながらベッドに横たわっていた。
「ごめんなさい、心配掛けて」に返す言葉も見つからなかった。
そっと手を握りしめ、「ごめん、色々ごめん」と言うのが精一杯だった。
思った以上にか細くなった手にも、ふっくらしていた頬が痩けていることにも気付かない、最低の亭主に成り下がっていた。
沈黙の時間がどれ程経ったのだろうか。
病室の窓から見えるビルの壁面にクリスマスのイルミネーションが灯っていた。
静かな寝息を立てているのを見届け明かりを消し、私は部屋の隅にうずくまった。
必ず幸せにすると約束して一緒になったが、何ひとつ幸せをやれなかった。
それどころか、たいした実力もないのに有頂天になり、自分を見失っていたのだ。
気が付けば喧騒の街をあてもなく彷徨っていた。
落ち着きを取り戻した頃には、すでにある決心をしていた。
ようやく探し当てた店で、売れ残りのクリスマスツリーとケーキを買い、急いで病院に戻った。
「どこ行ってたの」
「いや、今日はクリスマスだからね。プレゼントを用意したんだ」
不器用な手つきでツリーに豆電球をセッティングする姿を見て、妻はクスリと笑ってくれた。
時計は12時を回ろうとしている。
「どうにか間に合ったよ」「ありがとう、でもプレゼントは?」
私は意を決して言った。
「何もかも捨てて、ふるさとに帰ろう」存外、引っ込み思案の愛妻に、無理矢理させた都会暮らし。
誰も頼る人がいない場所で、どれほど寂しい思いをさせたのだろう。
あれから何回のクリスマスを迎えただろうか。
「買い替えなよ」と言ってもきかない、古ぼけた小さなツリーが今年も居間に飾られている。
点滅のタイミングが随分ずれているようだが、見つめていると、あの日がまるで昨日のことのように甦ってくる。
このショートストーリーは全亭協会長・天野の実話。
仕事から帰れば「風呂、メシ、寝る」、幾度に渡る午前様。
旧亭主関白のどうしようもない男だった…。
そんな私が愛妻のために変わろうと決意した11年前のクリスマス。
全国亭主関白協会設立のきっかけともなった出来事である。
その想いを全国の亭主に届けるべく
創刊したKIZUNAも1周年を迎えた。
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