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もし、この世に神が存在するとしたら、相当ないたずら好きであろう。その中でも〃結婚〃には巧妙な罠がたくさん仕掛けられており、いたずらの最高傑作と睨んでいる。
まず、世界中に男と女が何十億人といるのに、一番合わない者同志を〃夫婦〃にしているのではないか、と秘かに思っている。そうでなければ、愛妻の口から次々に繰り出される罵詈雑言の説明がつきようがないのだ。「あなたはちっともわかっていない…」から始まり、「あの時だってそうよ」と、何十年も前の、ほんの出来心の小さな浮気を、まるで昨日の出来事のようにまくしたてるはずがない。こんな夫婦生活を誰が望んだであろうか。
ところが、出逢った時は、お互い、「この人しかいない」と思わせるような甘い夢をほんの一瞬だけ見せてもらえるのだ。男には、新妻の裸にエプロンだけつけて頂き、後ろから抱きしめるといった世にも恐ろしい妄想を。そして、女には、この男の腕枕で毎日、心地良い眠りにつけるはずといった夢を。
が、それはお互いのくすり指にエンゲージリングをはめる迄の、神の巧妙な罠なのだ。この指輪こそが、この世で、もっとも小さい手錠であることを誰にも気付かせないようにするための…。
ここまで読めば、独身男女は誰も結婚しないようになるかも知れないが、この先が大切な話になる。なぜ、最も合わない者同志を結婚させるのかの謎を解いた夫婦だけが、ほんとうの幸せを掴み、永遠の愛を手に入れることができるのだ。宗教家でもなく、文化省の役人でもない、まして、首の皮一枚で妻からの突然の三行半を避けながら、なんとか生きている天野が言うのも何だが、結婚、そして夫婦になることは、魂の修行の場を、未熟すぎる人間に与えられることに他ならない。男と女がほんとうの自分をさらけ出してどこまで理解できるか、そして歩み寄ることができるかを試されているに違いないのだ。そのことに気付かなければ、成田離婚は言うに及ばず、熟年離婚の憂き目にあうだろう。もし、その謎を解けば、ほんのちょっぴり、心に余裕が生まれ、「ちょっとあなた!」と凄い剣幕で呼びつけられても、「ありがたい。今日も平常心を養うための修行が始まった」と思えるのだ。そういう意味で、書き出しが間違っていた。
もし、この世に神が存在するとしたら、それは愛妻である、が正しかった。神でなければこんなにも毎日毎日、試練を与え続けることがなぜできようか。そして、それは、外に出れば七人の敵がいるといわれる亭主に、平常心を養わせるためのもの。亭主はもっと強く大きく、やさしくあらねばならないと、手を変え、品を変え、叱咤激励されているのだ。涙が出る程ありがたいことではないか。その証拠に、私の心は平常心から不動心に、あたかも即身成仏のように穏やかな日々である。愛妻の小言は子守唄のように聞こえ、彼女がもっとも得意とする不意打ちにも動ずることなく、澄み切った笑顔を返せるようになったのだ。ここまでくれば残された課題はたったひとつ。家の中で一日中目を合わせないで過ごすワザを身につけるだけでいい。「あなたはウソをつく時、目がフクロウのようになる」と指摘されたからである。
世の亭主族よ、共に立ち上がろう。手をたずさえて、正しい夫婦のあり方を研究し、学ぼうではないか。そうしなければ、もう、めげそうである。あろうことか、昨夜、パンツを裏返しにはいて帰宅したのだ。なぜこんなことになるのかっ。あれだけ修行を積んだのに。神も仏もないとは、このことをいうのかも知れない。その後の顛末は、次号を待たれい。
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