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早く帰ってきてね、チュッ」から、「もう帰ってきたの、チェッ」になるまで、そう時間はかからない。愛情がなくなったからではない。
愛情より、お金の方が少しだけ大切になったのだろう。その証拠に給料日には、「早く帰ってきてね」と今でも言ってくれる優しい愛妻だ。
思えば色鮮やかな食卓だった。グリーンや赤、黄色といった食材は見るだけで食欲をそそり、フランス、ロシア、ドイツなど、料理名で舌をかみそうになったことが何度もある。
今では、茶色とグレーが主流で日本のしかも江戸時代のメニューにとって変わった。
主食もおかずもすべてが無農薬とやらで力の限りマズイ。それもこれも私の健康の為、体にいいものばかりを選んでくれているからで、味などどうでもいいではないか。
あの頃はどんなに帰りが遅くなろうと、ちゃんと起きて待っていて、風呂も入れたし、夜食も作ってくれた。
その優しさは少しも変わっていない。大抵の場合、食卓に手紙が置いてある。はにかみやなのだろう。短い文章である。
「チンして下さい」。いつまでも美しい女でありたい、やつれた姿だけは見せたくないと、早くから睡眠をとっている健気さに心を打たれる。
朝はかなり不機嫌で深酒を召された時など「こんな顔だったけ」と背すじが凍りつく時もあるが、寝起きが悪いのは女性特有の低血圧からくるもので仕方がない。
昔は私より必ず早く起きていたような気もするが、今ではベットから送り出してくれる。
「いってらっしゃい、今日は生ゴミの日だから」。「あなたが生ゴミよ」と言われないだけありがたいではないか。だが、情けない男などと誤解されると困る。
なんでもかんでも言いなりになっているわけではない。少なくとも全亭協の会長であり、男である。
たまにはビシッと言っている。「ハイ、奥様」ってね。
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