 |
渋谷にある青山大学のアイビーホールに、一流企業の役員が大勢待っていた。天野の講演を聴くためである。ホールの外には、運転手付きの黒塗りの大型車がズラリひしめきあっている。「亭主が変われば日本が変わる」のスローガンを掲げて活動してきた全国亭主関白協会の正念場である。数万人の社員を抱える企業のトップに、「いかに上手に妻の尻に敷かれるべきか」を理解実践してもらわねばならないのだ。 9年前、私はハタと気が付いた。今のままでは日本の将来は暗いと。そして、明日を担う子供達を何とか救わねばならないと。結果、世の中を変えるための一番の方法を思いついたのだ。亭主が「亭主力」を持てば、妻から笑顔が出るようになる。妻が幾つになっても微笑んでいれば、子供の心は安定し、教育界も変わるだろう。妻が亭主を尊敬すれば、晩酌の発泡酒が普通のビールになったり、好きなおかずが出てきたりする。そうなれば経済も活性化してくる。まして全亭協が有名になれば、政治家や官僚、マスコミ人などのオピニオンリーダーが入会してくるはずだ。そうなれば、自分の家族、つまり妻や子が悲しむ政策はできない、と悟るはず。やがて政治も大きく変わるだろう。そう、男達の最大公約数である「亭主」であることを自覚させるだけで日本は必ず変わる、と思ったのだ。
今、私は控え室にいる。あと30分後に日本が大きく変わる講演会が始まるのだ。この時の為に五百円玉貯金を取り崩してスーツも新調した。ふと、ポケットにメモが入っていることに気が付いた。「これ、暇な時に読んどいて」と愛妻から渡されたメモである。そう言えば、前日の夕食時、何かを考えているフシがあった。案外気の利く愛妻が本番前に激励の言葉をしたためたのだろう。そっと開いてみる。「お土産は、いつものゴマたまごじゃダメ。青山のチーズケーキだからネ!!」。こんな大事な時にいったい何なんだっ。事務局の方が迎えに来た。かくして私の講演会の第一声は決まった。「どうも、天野です。この辺に美味しいチーズケーキ屋さんはありますか?」おかげで講演会はたいそう盛り上がった。
|
|
 |