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小さな箱からケーキを取り出すと、「リンリン」と鈴の音が聞こえる。「開運の鈴」と名付けられたチョコケーキが今、静かなブームを呼んでいる。このお菓子に秘められたドラマに夢と希望があるからだろうか…。注意を払わなければ通り過ぎてしまいそうな何の変哲もない街のケーキ屋さん。オーナーの似顔絵をイラストにした看板が道行く人に微笑みかけている。よく磨き上げられた窓越しに中をのぞけば、ケーキ職人の和子さんが厨房とショーケースの間を忙しそうに動き回っていた。
去年の2月にリニューアルオープンしたこの店に看板のあるじはもういない。最愛の夫、博昭さんは一昨年の10月、胃ガンで他界。腕のたつケーキ職人で、誰からも愛されていた。長期間休業していたが、22年前のオープン当時からのお客様や、博昭さんの友人知人、そして当時勤めていた職人達の声はひとつだった。「あの味を残しましょう。私達が応援するから」全くの素人だった和子さんはみんなの声に押されてシェフの帽子をかぶることになった。無我夢中だった。神戸に修行に出ていた次男も帰ってきて、リ・スタートに奔走した。新たな開店の日、昔からのお客様が花束を持ってきてくれた。カードに「味が変わってなくてよかったです」としたためてあった。応援してくれたみんなと肩を抱き合って涙した。試行錯誤のうえに創作した「開運の鈴」はどうやら、食べた人に運をもたらすらしい、との噂がたっている。
ドラマはテレビの中の出来事ではなく、市井の中で毎日生まれている。このケーキの箱に「あなたに幸せがいっぱいありますように。あなたの運が次々と開けますように。あなたの願いがどんどん叶いますように。あなたのご家族がいつも健康でありますように。あなたの商売がますます繁盛しますように。そんな願いを込めて鈴の形に焼き上げました」ケーキを食べながら、これを読んでいると立て続けに電話が2本。ひとつは大手出版社から天野の書き下ろす次回作の決定のうれしい知らせ。もうひとつは、「妻の顔は通知表」がテレビドラマになるということを知らせる電話だった。どうやら噂はほんとうなのかな。
愛し合っている夫婦の一方の肉体が消えても心はいつもひとつ。「ワンラブ」。ほんとうの愛、ひとつの愛は永遠に続いていく。久留米市の小さな小さなケーキ屋さん「ムッシュウヒロ」の夫婦愛が全国に届いていく。ふとそんな気がしている。
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