「ナンバーワンにならなくてもいい♪、ぼくらは特別なオンリーワン♪」SMAPが歌ってヒットした。が、芸能界のナンバーワンから慰められてもねぇ。しかもオンリーワンとは聞こえがいいが、よくよく考えてみると、その他大勢ってことじゃないかしら?と、 ハタと気付いて一人で憤慨してる天野です。天野的考え方、つまり「アマニズム」では、世の中の様々な価値観を、とってもあまーい切り口で考えていこうという新企画。読まないほうがためになるという世にも不思議な連載に、期待されても、ええ、責任はとれませんからっ。


 2泊3日 座禅断食 体験記 U

 水と塩と柿茶だけが、この3日間に口にするすべてだった。目眩がしたが、サイは投げられた。こんな山奥から脱走は不可能だろう。53歳になる迄、体にいいことは何一つしたことがなかった。バチが当たったのだ。
  周りを見渡すと、断食のベテラン揃いのようで、厳しい説明を平然と聞いている。荷物を整理する間もなく、1回目の坐禅が始まった。20分の坐禅を組み、40分の休憩をはさんで柿茶を飲み、塩をなめる。この単純な繰り返しが3日間も続くのだ。

  何しろ初めてのことばかりで、気は滅入ったが、神様、仏様は天野を見捨ててはいなかった。私の対面で坐禅を組むのは、件の迷の美女で、年の頃なら30過ぎ、うれいをおびた実にイイ女ではないか。何とか友達になろーっと。よこしまな考えが頭をよぎった瞬間、「バシッ」肩と背中に警策がうなった。坐禅は心を無にするためにおこなっているのに、妄想を膨らませてどうする。(笑)

  おそらく20分が2時間に感じられたのは私だけだろう。が、不思議なことに、翌日の午後には、頭はカラッポになり、目の前の美女も気にならず、お腹が空いた感覚もなくなり、心も体も非常に心地良い状態になっていた。  あれだけ、水や柿茶を飲んでいるのにトイレにも行かず、心は穏やかで、鳥のさえずりや、庭に咲いている野の花の美しさに感動を覚えるといった、心の美しいオヤジと化していた。お昼を一食抜いただけで、クラクラしていた卑しいオヤジはいったいどこに行ったのだろうか。この時点で、まる2日間も何も口にしていないのに。恐るべし、坐禅断食、恐るべし野口法蔵師。この状態なら3日とは言わず、10日、いや1ヶ月はもつかもしれない。ウフッ。このまま出家してもいいよ、状態である。

  都会では、若いOLやサラリーマンの間で、坐禅ブームが起きているという。断食道場も活況を呈しており、心のありかを探す人達が確実に増えてきているようだ。とうとう立派な大人になりきれなかった私も、立派な大人になれそうな気がしてきた。明日は断食明けの食事が待っている。いやはや非常に楽しみではある。が、それは最後の難関であり、天国から地獄へ突き落とされるとんでもない朝食だった。



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